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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)1358号 判決

原告 木村則彦

被告 田井しづ子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一一万円とこれに対する昭和三三年七月一日以降右完済まで年六分の割による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

被告は、訴外有限会社丸登機械製作所(以下訴外会社と称する)に対し(1) 額面金六万円、支払期日昭和三二年二月二八日、支払地大阪市、支払場所株式会社住友銀行上町支店、振出地大阪市、振出日白地、(2) 額面金五万円、支払期日昭和三二年四月三〇日、支払地、支払場所、振出地、振出日は右(1) と同じ、以上二通の約束手形を振出交付し、同時に右白地の補充権を与えた。右訴外会社は昭和三二年一月二八日右二通の手形に裏書し右補充権と共に原告に譲渡したので、原告は右各手形の満期日に支払場所において右各手形を呈示したが支払を拒絶せられた。そこで、原告は補充権に基き昭和三三年七月一日に右二通の手形の振出日をいずれも昭和三二年二月一七日と補充の上被告に対し右二通の手形金合計一一万円及びこれに対する昭和三三年七月一日以降右完済まで年六分の割による利息の支払を求めるため本訴に及んだと陳述し、

被告主張の抗弁に対し、西川修一が原告に対し負担せる被告主張の公正証書表示の債務金一、四八七、〇〇〇円の残債務九八七、〇〇〇円について、昭和三二年一〇月一九日付被告主張の債務弁済契約証書が作成せられたことは認めるが、其の余は否認する。本件手形は右公正証書作成(右公正証書に組込まれた債権は別紙記載の手形についてのものである)後被告が新に振出したものであつて、右公正証書に表示の債務とは関係がないから、たとえ右債務弁済契約証書による履行が完了したとするも、本件手形の支払を拒み得る事由とはならないと述べ、

証拠として、甲第一乃至三号証、同第四号証の一乃至一二を提出し、証人木村有策(第一、二回)、同西川修一の各証言を援用し、乙第一号証中原告名下の印が原告の印であることは認めるが、其の成立は否認する。乙第二、三号証の各成立は否認すると述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、被告が原告主張の本件二通の約束手形を振出し、原告が主張の如く右手形を支払期日に支払場所において呈示したところ、支払を拒絶せられたことは認めると述べ、

抗弁として、次の如く述べた。

(1)、本件手形債務は、西川修一が原告に対し負担せる債務につき名古屋法務局所属公証人杉浦重次が作成せる昭和三一年七月一四日第一〇〇五九九号債務承認弁済契約公正証書(甲第三号証)に表示の債務金一、四八七、〇〇〇円のうちに包含せられているものであるが、西川修一は其の後昭和三二年一〇月一九日附債務弁済契約証書(乙第三号証)をもつて原告に対し、右公正証書記載債務の残額が金九八、七〇〇円であることを確認の上、その分割弁済方法を定め、右契約書に従つて支払を完了したから、これにより本件手形債務は消滅した。

(2)、仮に然らずとするも、本件手形はいずれも被告が訴外会社より商品を買受けるにあたり、その前渡金として訴外会社に交付して置いたものであるが、訴外会社は債務の本旨に従つた履行をしなかつたので、被告は右会社に対し代金支払のため振出した本件手形について支払義務がないものなるところ、原告は右の事情を知りながら抗弁遮断の目的をもつて訴外会社より本件手形を譲受けたものである。

(3)、仮に、原告が本件手形につき悪意の取得者でないとしても、原告は、訴外会社よりその営業を譲受け且つその営業所において同一製品の製造業を営んでいるものであるから、第三者に該当せず、訴外会社の債権債務一切を承継したものというべきである。故に被告は訴外会社に対し有する抗弁をもつて同会社の地位を承継した原告に対し対抗する。

証拠として、乙第一、二、三号証を提出し、証人西川修一(第一、二回)、同田井正雄の各証言を援用し、甲第一、二号証中、表面に記載の振出日、受取人及裏書の各成立は不知、其の余の部分の成立は認めると述べた。

理由

被告が受取人欄及び振出日をいずれも白地とし、其の他の手形記載事項を原告主張の(1) 及(2) のとおり記載した本件約束手形二通を振出したことは当事者間に争がなく、特別の事情なき本件の場合、振出人は後日所持人をして受取人及び振出の日を適当に補充せしむる意思をもつて右手形を振出したものと認むべきである。

しかして、振出の日とは、真実に振出行為がなされた日を謂うのではなく、その日に手形が振出されたものとして手形面に記載せられる日を意味するものであるから、所持人は振出人の与えた補充権に基き、満期後の日或は暦になき日など不適法な日でない限り自由に振出の日を定めて記載することができる。ところで甲第一、二号証中被告名下の印が被告の印であることにつき争がないから其の他の部分も真正に成立したものと推認すべき同号証と、証人木村有策(第一回)、同田中正雄、同西川修一(第一回)の各証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は合資会社丸登機器製作所(以下訴外会社という)より、本件手形二通の割引の依頼を受け、昭和三二年一月二八日附同会社の白地裏書の記載を得て右手形の交付を受け、その受取人欄に訴外会社の商号を記載し、次いで昭和三三年七月一日に至り、原告は右二通の手形の各振出日を右裏書の日より後なる昭和三二年二月一七日と補充して右各手形の振出行為を完成したものであることが認められる。

よつて按ずるに、手形の裏書譲渡は適法に成立した手形の存在を前提とするものであるから、振出の日などの記載なき白地手形に裏書をなし、これを他人に交付した場合は、これにより直ちに裏書譲渡の効力を生ずるものではなく、適法に振出日などの補充がなされ、振出行為が完成したときに、同時に、その裏書も効力が生ずるのである。ところで、原告の右補充権行使の結果、原告の前者のなしたる裏書の日が振出の日より前となつたのであるが、振出日より以前に裏書が有効になされる理がないから、振出日より前の日附をもつてなされたる裏書は、そのままの現状では無効であると解すべきである。されば、原告は訴外会社の裏書により本件手形の所持人となつた旨主張するけれども、その裏書が無効なる以上右手形上の権利を取得するに由なきものというべく、原告が右手形の権利者であることを前提とする本訴請求は其の他につき判断するまでもなく失当である。

以上により、本訴請求は理由なしとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎)

別表

支払期日     額面金額  振出人

1  昭和三一年一月二六日 金六万円   西川有為

2  同年二月二〇日    金五万円   同

3  同年三月二六日    金六万円   同

4  同年三月二〇日    金一〇万円  同

5  同年五月一日     金五万円   同

6  同年五月二二日    金一〇万円  同

7  同年五月二六日    金五万五千円 同

8  同年六月三〇日    金九万円   同

9  同年五月七日     金八万円   同

10 同年五月一〇日    金一二万円  同

11 同年月日       金九万二千円 羽田野栄

12 同年月日       金八万円   同

13 同年七月五日     金五万円   西川有為

14 同年七月五日     金一〇万円  同

15 同年七月一〇日    金一〇万円  同

16 同年七月一〇日    金五万円   同

17 同年八月一五日    金五万円   同

18 同年八月二〇日    金一〇万円  同

19 同年八月二五日    金一〇万円  同

額面合計 金一、四八七、〇〇〇円

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